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| 한국과 일본의 문화 |

제목: 歴史に真正面から向き合おう -関東大震災と内鮮人の悲劇-
분류: 한국문화
이름: 申鉉夏


등록일: 2020-09-22 10:03
조회수: 357 / 추천수: 71




巻頭言



 



歴史に真正面から向き合おう



関東大震災と内鮮人の悲劇



                             



                                                        
 省庵 申 鉉 夏



                                       学教授



                                緑風会 会員



 



いわゆる終戦(一九四五年八月十五日)前は、日本本土を「内地」と、その内地出身日本人を「地人」と称した。 そして、内地(日本)人たちは、われわれ韓(朝鮮)半島出身者を「鮮人(せんじん)」と



本稿べる内鮮人」は、当時内地居住していた朝鮮人用語で、でいう「在日韓朝鮮」に等しい。



普通学校三年生なったばかりのある日の放課後、下校準備をしているところへ六年生の先輩たちが入ってきた。そして黒板に、「ガ ョウニ ョウナ ノ ヱヲ(注1) カイタ」、と大書した。それを書き直せば、「坊主が びょうぶに 上手な 坊主の 絵を 書いた」である。当時普通学校の国語(日本語)の授業では、平仮名より片仮名を先に教わったので、三年生のわれわれにもそれを読めはしたが、それが何を意味するのかまでは知りえなかった



真剣な面持ちで書き終え先輩は、当時校内では使用が禁止されていた朝鮮語で、『おい、およ-くこの点のついた濁音発音まずいとウェノム注2)に打ち殺されるぞ。だからうまく発音できるように熱心練習するんだ。かったか!』、と厳しく諭した。するともう一人の先輩が、『これから一人ずつ読んでもらって、発音のまずいものは罰として今日の掃除当番だ!』、と言い放った。



わけもからず前に呼されたわれわれは、あたかも呪文(じゅもん)のような「ボウズガ…」をえたみな授業でも受けるようにまじめに唱えたが、わたしが聞いても発音のまずいものかった二三度みでパスできなかった級友らは、先輩予告どおり教室掃除やらされた。たまたまそばにいた先輩、「濁音発音がまずいとなぜ日本人されるのか」、とかけようとしたが、その囲気圧されてをつぐんだ。



一度でパスして掃除当番たわたしは、ったばかりの唱歌「春小川」などをながら、つつじのれた野山()でつつ家路いだ。道々「なぜ」という疑問脳裏なかったが、関東大震災らぬわたしにそのなぞけるわけがない。普通学校三年生に上がったばかりのわたしは、ずかしながら植民地意味さえ知らなかったし、日本語の読本がなぜ『国語読本』なのか疑問すら(いだ)かなかった。



一九二三年九月一日午前十一時五十九分、東京を中心とした関東地方一帯に震度七・九級の超強力地震が発生した。不幸にもお昼の食事の準備により全家庭でガスをつけている時間帯だったため、地震の余波はただちに大火災になる物すごい災難だった。その災難の混乱の中で戒厳令が施行されたし、社会不安の中で流言飛語が乱舞する異常な雰囲気が演出された。一方、地震災害発生以後、内務省警保局、警視庁は、「朝鮮人が放火しながら暴れ回っている」、という主旨の通達を伝えていた。



当時日本にはテレビは勿論のことラジオもなかったため、新聞だけが唯一のマスメディアだった。中央と地方を問わず有数な新聞には、「内地の朝鮮人が暴徒化した」、「井戸に毒を入れ、また放火して回っている」などの記事が、九月二日から九月六日まで載せられた。例えば『大阪朝日新聞』は、九月三日の朝刊で、「何の窮民か 凶器を(たずさ)えて暴行 横浜八王子物騒との情報」、という表題のもと、「横浜地方では、この機に乗ずる不逞(ふてい)鮮人(注3)に対する警戒(すこぶ)る厳重を極むとの情報が来た」、という内容を掲載した。



また、当日の夕刊では、「各地でも警戒されたし 警保局から各所へ無電」、という表題のもと、「不逞鮮人の一派は随所に蜂起せんとするの模様あり…」、と警保局による打電の内容を掲載した。そして三日の号外では、『東京朝日新聞』社員が、「朝鮮人の暴動が起って、横浜・神奈川を経て八王子に向かって盛んに火を放ちつつあるのを見た」、という甲府から打電された目撃情報を掲載した。



このような流言飛語が飛び交い、軍人・警察らの主導で関東地方に四千人にのぼる自警団が組織された。その自警団により集団暴行事件が発生し、罪のない内鮮人が虐殺される悲劇が生じた。横浜では刑務所から囚人たちが解放されていたが、これがため自警団は活動により一層拍車をかけるようになった。これら自警団により朝鮮人だけでなく、勘違いをして中国人、日本人も含まれた死亡者が発生した。東京近郊は正に修羅の(ちまた)と化していた。



朝鮮人であるのかどうかを判別するため、shibboleth(人々の集団を区別してくれる要素〔慣習・言葉など〕)が使用された。朝鮮語には語頭に濁音が来ない点に着眼し、通行人を捕まえては「ジュウゴエンゴジュッセン」(十五円五十銭)とか、「ガギグゲゴ」など濁音のついた仮名の行を発音させた。それが上手に発音できねば、朝鮮人だと断定して無惨に暴行・殺害したとのことだ。



その外に、「教育勅語の暗誦」、「歴代天皇の名前を答えさせる」、「君が代を歌わせる」、「いろはカルタを言わせる」などの手法が用いられた。日本の海軍将校でさえ、「白い着物を着ているから朝鮮人であるはずだ」(注4)、という理由で疑われた。また、「福田村事件」のように、方言を話す地方出身の内地人が殺害されるケ-スもあった。視聴覚障害者もその例に外れず、東京聾唖(ろうあ)学校学生の約半数のものが生死を確認することができなかった。



東大震災のとき殺害された内鮮人は、当然ながら調査機によってそれぞれなる内務省警保局調査では朝鮮人二百三十一人国人三人日本人五十九人となっている。また吉野作造調査では二百七十七人大韓民国臨時政府関紙独立新聞調査では六千六百六十一人となっている。ただこのにおいてもっともくの鮮人犠牲者したのは、神奈川県であることには間違いないようだ惜しくも犠牲者には、朝鮮将来べくんでいた学生た。



わたしが調べた範囲内では、当時の犠牲者の亡骸(なきがら)の処理については不明だ。暴徒と見なされて虐殺された内鮮人の死体を、日本人が丁寧に扱ってくれると思うのは愚かしい。ではその多くのむくろをどう始末したのだろう。おそらく武蔵野の山野あちこちに大きな穴を掘り、死んだ野良犬同様に放り込んで埋葬したに違いあるまい。今更それを知ったとてせんないことだが、今尚それが知りたいわけは、非業の最期を遂げた同胞(はらから)魂を鎮めたいからだ。謹んでご冥福をお祈りする。



入学当初「普通学校」だった名称が、「尋常小学校」に変わり、それがまた「国民学校」に変わって卒業したわたしは、道(県)庁所在地の師範学校へ進学することになった。入学と同時に学校の寮に入れられたが、そこは暗に名高い伝統的な反日思想の温床だった。入寮して間もなく密かに回された朝鮮語の読み物は、胸の奥に眠っていた民族意識をすぐさま目覚ませた。忠誠なる皇国臣民を育成すべき教員養成の道場が、民族意識を培養する温床だったとはアイロニカルだ。



生まれて初て生活れた密かに回された手あかまみれの『朝鮮日報のを読み、始めて関東大震災内鮮人悲劇た。そして、「ああ、あののあれは、そうだっただ!」、とんだ。そうだ。あの時、われわれに「ボウズガ…」をえさせた先輩たちのは、たわいのないままごとではしてなかったのだ。いや、彼らのとった行為は、われわれに命を護る術につけさせるための心遣だったのだ。今にして振り返れば、それ被圧迫民族の取りうるせめてもの護身策だったのだ!



あれから八十年近い歳月流れたが、寮室で隠れ読みした新聞記事のお陰で、積年の「なぜ」が解けた瞬間の歓びは忘れられぬ。また、「ボウズガ…」を唱えさせた先輩たちの行為は、関東大震災当時の内鮮人の悲劇が、われわれに与えた衝撃の大きさを雄弁に物語っている。なお、その日のドラマのような光景は、植民地時代の苦い思い出としていまだに心に残ってている。時にわれ知らず「ボウズガ…」をつぶやく自分に気づき苦笑する。



日本では九月一日を「防災の日」と定め、全国にわたって各種の防災訓練が行われている。「九月一日」を防災の日と定めたわけは、関東大震災を教訓としてのことなのは言うまでもない。去る九月一日、わが家で視聴するNHKワ-ルドプレミアム(WORLD remium)では、今年は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、各種の防災訓練をオンライン方式に替えたなどを報じていた。だが、その番組やネット上の主要新聞社説のどこも、当時の内鮮人の悲劇については一言も触れなかった。



ところが、九月十二日の朝、上記の放送番組で思いもよらぬニュ-スが流れた。とっさのことで開催場所や主催者名は聞き落としたが、関東大震災当時の内鮮人犠牲者の慰霊祭式典が開催されたとのことだった。そして、それに反対する集会が同じ場所で同時にあったことに加え、震災当時の内鮮人の悲劇は日本社会の排他主義のもたらした惨事だったと述べた。それにしても、関東大震災から百年近い歳月が経った今も尚、当時の犠牲者の慰霊祭式典が開催されるとは、正に胸の熱くなるような衝撃的なことだった。



思うに当時の内鮮人の悲劇は、自他が認める厳然たる歴史的事実だが、その真相の全容はいまだに明かされていない。われわれからすればそれは、日本社会の故意による隠蔽だとしか思わざるをえない。おそらく大方の日本人は、当時の内鮮人の悲劇をとうに忘れてしまったか、あるいは忘れてしまいたいかも知れないが、韓国人の中にはわたしのような語り部が健在だ



こいねがわくは日本国民は、過去の歴史に顔を背けないでいただきたい。日本の著名な作家村上春樹も述べているように、「われわれは歴史を背景に生きているし、歴史はいくら隠そうとしても必ず外に出る。歴史はわれわれが背負わねばならぬ集合的記憶」だからだ。



どの国の国民の中にも、自国民の蛮行を認めたがらぬ人がいるだろうが、自国に良い歴史だけを若者に伝えて良いのだろうか。どんなに不快で目を背けたくなることがあっても、歴史を自分の一部として受け入れぬなら、歴史というものの意味がどこにあるのだろう。



もし本誌愛読者諸賢のどなたかから、「関東大震災と内鮮人の悲劇はいつまでがねばならぬのか」、とわれたら、「日本防災持続するべきだ」、とおえしよう。



    初秋



 



(注1): 「ヱヲ」は歴史的仮名遣いで、現代仮名遣いでは「を(絵を)」である。ちなみに日本語の表記は、終戦前までは歴史的仮名遣いだったが、一九四六年、現代仮名遣いに改められた。



(注2): 「ウェノム」は「 」で、韓国人が日本人、特に日本人男性に対する卑称として使う用語である。



(注3): 不逞鮮人とは、不穏で不良な朝鮮人だという意味で、植民地時代、日本人が自分たちの言うことに従わぬ朝鮮人を指すことばである。



(注4): 韓(朝鮮)民族は、古より白衣を好んで着ていたため、一名「白衣民族」とも呼ばれている。当時内地に居住していた朝鮮人の多くは、おそらく白衣を着ていたと思われる。



 



 



 



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