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| 한국과 일본의 문화 |

제목: 大学生の「新」朝鮮通信使
분류: 한국문화
이름: 申鉉夏


등록일: 2020-09-04 10:46
조회수: 149 / 추천수: 21




〔巻頭言〕



大学生の「新」朝鮮通信使



互いに「民族主義の二日酔い」から醒めよう



 



 



申 鉉 夏



 



世に云う「朝鮮通信使」とは、朝鮮(李氏王朝:一三九二~一九一〇)時代、朝鮮から日本の幕府将軍に派遣された公式的な外交使節をいう。



一四〇四(三代太宗四)年、朝鮮と日本の間に交隣関係が成立することになり、朝鮮国王と幕府将軍はそれぞれ両国の最高統治権者として、外交的な懸案を解決するため使節を交互に派遣した。この時、朝鮮国王が幕府将軍に派遣する使節を朝鮮通信使、幕府将軍が朝鮮国王に派遣する使節を日本国王使と称した。



ここでいう「通信」は、二つの国が互いに信義を通して交流するという意味であるが、朝鮮から日本に派遣する使節の名称は回礼使・回礼官・通信官・敬差官など多様であった。日本に派遣された使節団に通信使の名称が最初に使われたのは、一四一三年、朴賁(
バクブン
)
を正使とした使節団だったが、途中で正使が病を患い中止となった。



その後、通信使の派遣が実際になされたのは、一四二九(四代世宗十一)年、京都に派遣された正使朴瑞生(バクソセン)の使節団が最初の通信使と言える。この度の通信使の派遣目的は、壬辰倭亂(文禄の役)の前は主に倭寇禁止要請が主題だった。しかし、その後は講和と捕虜たちの刷還(朝鮮王朝時代、外国に流浪している同胞を連れ帰ること)역사] 朝鮮王朝時代, 外国で流浪している同胞をつれ帰ったこと.역사] 朝鮮王朝時代, 外国で流浪している同胞をつれ帰ったこと.日本国情の探索などだったし、一六三六(十七代仁宗十四)年以降は幕府将軍の襲職祝賀が主任務だった。だが、その歴史的な意義は、朝・日両国間だけでなく中国を含めた東アジア三国の平和共存のための国際関係に大きな影響を及ぼしたところにある。



通信使の派遣手順は、日本で新たな幕府将軍の承襲が決定されると、幕府の命を受けた対馬島首は通信使請来差倭を朝鮮に派遣した。これに伴い朝鮮の朝廷では、中央官吏三人以下で正使・副使・書状を任命し、三〇〇~五〇〇人で構成される使節団を編成した。使節団の旅程は、漢陽(現ソウル)を出発し釜山までは陸路で行った後、釜山からは対馬国守護の案内を受け海路を利用し対馬を経て下関を経由、日本の各藩の饗宴を受けながら大坂の淀浦に上陸し陸路で京都へ行った。朝鮮前期には将軍がここにいたので京都が終点だったが、朝鮮後期には将軍が江戸(東京)にいたので目的地が江戸になった。一六三六年・一六四三年・一六五五年に派遣された通信使一行は、徳川家康の墓地である日光東照宮参拝を強要された。



通信使一行が通過する宿舎では、漢詩文と学術の筆談唱和という文化上の交流が盛大だった。特に、通信使に対する華麗な接待は日本国の財政を圧迫する一つの原因になったので、一七一一年、新井白石は通信使接待に関する規定を変えようとしたが、一七一九年には再び還元された。



日本の幕府将軍に朝鮮国王の国書を伝達する通信使は、おおむね六ヶ月から一年が所要された。彼らは訪問するところごとに書画・詩文など多くの作品を残したが、それが華麗な行列図を描いた屏風・絵巻・版画などの形で伝わっている。彼らは帰国後、日本で経験したことをいろいろな形態で残したが、これが『海行総載』という見聞録に編集され、当時の両国間の外交的な役割および文化交流の実相を見せてくれる。



朝鮮王朝は、一七世紀初頭から約二○○年間、十二次にわたり日本に通信使を派遣した。朝鮮通信使は、韓・日両国が戦争(文禄・慶長の役)後の憎悪を武力でなく、善隣・交流で克服した輝かしい歴史の一ペ-ジである。通信使が往き来した二〇〇年間、二つの国は類のない平和の時代を開いた。それは、「通信」という言葉通り、二つの国が皆「信心で通じる」という意志と知恵があったからこそ可能であった。ちなみに二〇一六年、韓・日両国がともに「朝鮮通信使」関連記録を世界記録遺産として登録を申請した。



 



一月余り前、韓国の有力日刊紙『朝鮮日報』紙上に、大学生の「新」朝鮮通信使~四〇〇年前のように……韓・日の若者、信心で通じた~という見出しでおおむね次のような記事が掲載されていた。



朝鮮日報と外交部(外務省)が共同主催する大学生の「新」朝鮮通信使は、船で釜山( プサン)を出発し対馬を経て日本の九州の福岡に上陸した。下関~広島~福山~高槻~京都~名古屋~静岡~箱根など通信使の旅程をその通りたどり、一週間後に目的地の東京に入城した。



「新」朝鮮通信使が経由した日本の村々には、四〇〇年前の先祖の伝説が幾重にも積まれてあった。瀬戸内海の美しい風光が目の前に繰り広がる海岸都市鞆の浦の福禅寺には、朝鮮通信使が名を付け字を書いて上げた扁額が彼ら一行を快く出迎えた。広島近くのある村では村人たちが、朝鮮通信使を接待した通り当時の珍しいお膳立てが再現されていた。朝鮮通信使が泊まった京都・箱根・静岡のお寺の住職たちは、宝のように大事にしていた通信使たちの書画を引き出して見せてくれた。



やはり若いというのは素晴しかった。古い世代同士の壁はどうであろうとも、両国の若者たちはすぐに心を開き一つになった。静岡のセンチュリ-・ホテルでは、韓・日の若者たちの出逢いの行事が行われた。ぎこちなさは一瞬のこと、司会者が両国の大学生を相手にそれぞれクイズを出すことにより会場の雰囲気は一気に盛り上がった。



「秋を迎えキムチ(김치)を漬けるのを韓国語で何という…」。静岡県立大学三年生のK君がさっと手を上げた。「キムジャン(김장沈采づけ)」。場内に割れんばかりの拍手が起る。司会者が日本の学生たちにまた問題を出した。「韓国の食べ物の中で赤くないのを三つ上げるなら…」。あっちこっちからマイクを取りに飛び出して来る。「キムプ(김밥海苔巻き)、ジャプチェ(잡채雑采)、サムゲタン(삼계탕=人参と鶏のス-プ)」。



韓国の学生たちへの問題はややこしかった。「一次朝鮮通信使が日本に来て、徳川家康から答礼品としてもらった品物はなに…」。「静岡県には新幹線の止まる駅がいくつ…」。韓国の学生たちは隣席の日本人学生たちに助けを求めようと、手まね足まねをしながら自然に対話が開けた。ソウル大学三年生のTさんと日本人学生は、「あなたが思う韓国はどんな国ですか…」を主題に筆談を交わした。情け深い、情熱的だ、食べ物が辛い、優れた人物が多い、われわれと似ている…。それぞれの持つ韓国に対する感じが溢れ出た。



大学生たちを引率したK大学のS教授は、「十七~十八世紀は、韓・日両国が通信使を交換することにより葛藤を外交で管理した時代だった」と語った。対馬で「新」朝鮮通信使を出迎えたL駐日韓国大使は、「偏見と固定観念を捨て有りのままを理解しようとする努力が必要だ」と語った。二十歳から二十七歳までの韓国の若者たちは、朝鮮通信使の現代的教訓を反芻しつつ心の見聞録を記しながら帰途に上った。



 



一方、歴史問題で反目して来た韓・中・日の大学生たちが,その葛藤の根をうかがい知りそれを克服する方法を探るため膝を突き合わせて話し合ったことが、これもまた新聞紙上に報道された。韓国京畿(キョンギ)坡州(パジュ)にある出版団地のゲストハウスで、ベスト(BeST=北京大+ソウル大+東京大)読書討論会が開かれたのである。その模様を記すると次のようである。



三国の参加者たちは討論会の前日に現地に到着し、各自の言語で書かれた『(ベク)(ボム)逸志』(注を読みながら討論を準備した。この行事を主催した韓国ソウル大学のH教授は、「韓・日・中各国がどのような考えを持っているのか、その差異を明確に知ってこそ理解も出来ると思ったのでこの行事を催した」としながら、「美しい国を建てるため武装闘争を選ぶしかなかった白凡の生涯を主題に選んだ」と説明してくれた。



討論が始まると学生たちは、あたかも思想の国境を確認でもするかのように刃の立ったような攻防を繰り広げた。日本人学生が、「日本のインタ-ネット百科事典には金九(キムグ)(注Ⅱ)先生はテロリストだと載っています。日本人は皆良くないという金九先生の排他的な思考に共感するのはむずかしい部分があります」。東京大学のBさんが、金九先生が書かれた『白凡逸志』を読んだ率直な所感を打ち明けると、一瞬場内に緊張感が渦巻いたようである。また、日本人学生が、「金九先生が使ったウノム(왜놈=日本人男性に対する卑称)のような表現を見るとき心が痛んだ」と述べれば、韓国・中国の学生たちが「外勢の侵略に苦しめられた当時の観点から理解すべきである」と答えた。



容易く狭まらぬ認識の差にも、三国の学生たちは成熟な討論文化を見せてくれた。葛藤だけを育む異見よりも「共感しうる接点」を求め合ったのである。共感帯は、金九先生が主張した平和と自由、愛国心だった。北京大学のR君は、「金九先生は純粋な愛国者」だとしながら、美しい国を願う「わたしの願い」は、アメリカ黒人人権運動家マ-ティン・ル-サ-・キング牧師の「わたしには夢があります」の演説を浮かび上がらせたと語った。東京大学のNさんも、「金九先生の真情性のある愛国心にはどんな日本人も共感しうるであろう」と語った。当日進行を受け持ったソウル大学のS君は、「韓・日・中のそれぞれ異なる歴史認識を打ち明けて話し合ったこと自体が、和合のための一歩を踏み出したのと同じだ」と語った。



 



若者たちの親和ム-ドの中でも韓・日両国間には梗塞局面が随所に現れ、心ある人々の眉をひそめさせる。ここではその事例の列挙は省くけれど、そのような局面が現れる顕著な特徴は、偏狭な民族主義の閉鎖回路の中で感情的挑発と逆挑発が持続的に拡大再生産されるのである。このよう挑発交換過程では言わずともそうであるように、「自分がすればロマンスで、他人がすれば不倫」という矛盾的二重意識が幅を利かせる。言い換えれば、自分の対応は「正当な憤怒の表出」であり、「やむを得ぬ正当防衛」として擁護し、相手側の対応は「傲慢な感情的挑発」であり、「不当な先制攻撃」だと非難するのである。この過程で支持率の拡大を狙う両国の一部政治家たちは、短期的計算により興奮した国民感情に火を付ける煽動的挑発によって事態を一層悪化させるのである。願わくは韓・日両国市民たちは、「民族主義の二日酔い」から醒める勇気を出すべきであろう。



朝鮮通信使は、江戸時代に全部で十二次訪日しており、朝鮮と日本の間で互いに国書が交わされている。この両国間の平和な関係は、東北アジアにとってとても大きな意味があった。その間の二百数十年間、この地域では戦争がなかったからである。これは当時の世界情勢から見ると本当に不思議なことである。ちなみにヨ-ロッパでは、十七世紀、十八世紀にどれだけ多くの戦争があったかは周知の通りである。



とりもなおさずそのような現象は、江戸時代の朝・日通信使が「緑の風」の伝道師役を果たしたからではなかろうか。 先の大学生の「新」朝鮮通信使も同じ役割を十分に果たしたものと確信する。たとえ今はそれが微風であろうとも、遠からず韓・日両国にくまなく吹き渡る平和と共存の薫風になることを希う。



われわれ緑風会は、当初採択宣言された結成趣旨で、「日本の植民地統治時代はいまさら述べるまでもなく、戦後も両国間に政治的にもまた民間レベルでも、反日嫌韓感情のしこりとわだかまりが解けないまま尾を曳いている。日本は韓国に対してこの歴史上の誤りを率直に反省し、グロ-バル化した時代だからこそ善隣友好の構築も民間レベルで互いの交流を深められれば…」、と高らかに謳いあげている。そして、そのために「緑の風を吹かせねばならぬ」と強調している。



われわれ緑風会員も「新」朝鮮・日本通信使役を担うべきであろう。会の結成趣旨に沿い「緑の風」の伝道師役を果たすべきであろう。



 



〔注Ⅰ〕:『白凡逸志』



      中国の上海と重慶で、大韓民国臨時政府の要職を務めていた金九先生が、抗日運動の最前線で防御する覚悟で遺書の代わりに記録したもので、上・下二巻の民族理念の歴史的文献であり、独立運動の証言書である。上巻は、<わが家と私の幼い時>・<民族に差し出した体>などで、下巻は、<三・一運動の上海>・<奇跡長江万里風>などで構成されていて、著者の波乱万丈な祖国光復闘争史を編んだ。上・下編の後に収録された<私の願い>は、完全独立統一国家を志向する民族理念を描いている。「白凡」は金九先生の号である



〔注Ⅱ〕:金九(一八七六~一九四九〉



      韓国の政治家・独立運動家。上海へ亡命、大韓民国臨時政府組織に参与し、一九四四年、大韓民国臨時政府主席に選任された。新民会、韓人愛国団で活発に活動した。一九六二年、建国勲章大韓民国章が追敍された。



 



 



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