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| 한국과 일본의 문화 |

제목: 韓(朝鮮)半島と日本誇大文化(2)
분류: 한국문화
이름: 申鉉夏


등록일: 2020-08-24 11:29
조회수: 142 / 추천수: 43




韓半島と関りのある史実・遺跡・遺物・人物・地名など



○福岡県にある和白(わじろ)は、新羅の合議体会議機構の和白(화백)から来たとみる。



この会議体が貴族たちで構成されていたことからも分るように、この時代は、周辺の小国を征服して国土を広めた後、王権を強固にする政策を広めながら国家の礎を築いた。だが、いまだ王権よりは貴族たちの力が強い時期で、新羅も三国統一(六七六)までは貴族たちが治める国だったといえる。



○福岡県の雷山には朝鮮式山城があり、宇美八幡宮は新羅の王子といわれる天日



槍を気比(けひ)大神として祀る社であり、宮崎県の宇佐八幡宮は新羅系の神を祀り、福岡県田川の山岳地帯は新羅の花郎徒(ホァランド)화랑도=青少年武士団)との関りがあるとの説がある。



()の津などのナ・ラ・ヤは、韓国語では「()()=国」を意味するので、那の津は「国の津」である。韓泊(からどまり)唐津(からつ)(韓津)などは「韓国」と関連があり、須玖(すく)は「村」、春日市の「春日(かすが)(カ・スカ)」も大きな村の意である。また、「斑鳩(いかるが)」の「(かる)」は「(から)」の転訛ではないだろうかとする。松本清張氏は、「イカルガ」はもともと鳥の名前であるとし、「カル」は「カラ(韓)」の転訛したもので、要するに「イ」は接頭語であり「ガ」は接尾語であるという。この外に伊勢の「(いかるが)・万葉仮名の「伊賀留我(いかるが)」などがある。



○扶余族はト-テムとして「(コム)(熊)」を崇拝し山を崇拝した。これが「コム-



カム-カミ(神)」となり、当時「熊本」はその地方にあった古代国家のソウルで



あったとみられ、百済の二度目の首都「熊津」も「熊本」と同じ意に解釈される.



このことから熊野信仰が理解できそうである。百済の首都扶余に日山・呉山・浮山の三山があるように、飛鳥地方も飛鳥川の水源からその流れに沿い耳成山・香具山・畝傍山の三山に囲まれた土地である。百済の古都扶餘を訪れた日本人は、その地形や雰囲気が奈良と似通っているという。



○『大和名所図会』では飛鳥の大軽の「軽」は「カロ」と呼んでいるし、東大寺



地主神の辛国(からくに)神社はまさしく「韓国」であり、百済と高句麗の鍛鉄術を(から)鍛冶(かじ)とい



う。宮中音楽(雅楽)は韓半島から伝来した音楽で「高麗楽(こまがく)」といい、神奈川県にある大磯(おおいそ)は韓国語の「()()()(いらっしゃいませ)」であり、日本でお祭りの際の掛け声「ワッショイ ワッショイ」は韓国語の「(ワッ)() (ワッ)()(来たよ 来たよ)」から来たとみる。すなわち「오이소」は渡来人を迎える際の挨拶であり、「ワッショイ」は渡来人を歓迎する祭りの際の掛け声なのである。



○山口県防府市平生(ひらお)の百済部・百済部神社・熊本県八代市坂本の久多良木(くだらき)・埼玉



百済木(くだらき)などは、百済からの渡来人と縁のあるところであろう。この外に、大阪府



枚方市の王仁墓・百済王神社・百済寺址。大阪・奈良・枚方などの百済村・百済野、



または百済之原・奈良市漢国町(かつては韓国町とも書いた)の韓国神社・埼玉県の高麗(こま)神社・今木青坂稲成荒魂神。神奈川県の箱根にある高麗山、大磯の高麗(現在は高来)神社、出雲の韓国伊太氏神社・韓島神社・韓神新羅神社。琵琶湖周辺に百済寺がり、石塔寺には百済式石塔がある。



○敦賀・筑前田川・石見江津には稲作文化を伝えた都怒我阿羅斯(どのああらさ)などを祀る神社



があり、敦賀の白木集落や出雲の美保関では鶏や鶏卵をあまり食べないという。こ



れは鶏鳴伝説からきたものと言われるが、新羅金氏王始祖の金閼智(キムアルチ)は鶏鳴伝説の主人公である。故に出雲地方は新羅文化圏であるとの説もある。



○日本の学問の神である王仁博士は、日本の文学・文章・学問の師匠であり、技



術工芸の伝授者であり、日本歌謡の創始者であり、当時の日本王室の師匠であり、



政治顧問でもあったとみる。太宰府天満宮に天神として奉られている大宰権帥菅原道真は王仁の後裔とみなされている。今も完本で残っている日本風土記には、常陸国・出雲国・播磨国・豊後国・肥後国の五つがあるが、これらの地方は渡来人の文化圏であるとみる。



○日本最古の古語体詩歌集の万葉集は、新羅時代の郷歌(ヒャンガ)향가=古代歌謡)と同



時代に出た歌で、当時固有文字のなかった奈良時代の日本は、韓国古代歌謡である郷歌・郷札(ヒャンチャル)향찰)と同じ吏読文字を日本語音に適応するように改造した「万葉仮名」を用い、韓国の長・短歌の形式をとっている。この万葉集には、韓国の古代生活の風習や信仰などが生々しく盛られいるし、漢字の影響を受け、その後なくなった韓国語が多く生きているのを確認することができる。万葉歌人のうちには渡来人やその後裔が多く、巻十四の東歌(あづまうた)と巻二十の防人の歌の歌人は、多くが渡来人の後裔たちであろうと推定する。百済系の歌人には額田王・山上憶良・山部赤人などがいる。



○奈良市明日香村の「高松塚古墳」は、壁画と星宿図などからして高句麗との関



係が深いとみられ、熊本県菊水町の江田船山古墳の出土品は、韓国の公州(コンジュ)市にある



武寧(ムニョン)王陵からの出土品と類似性が高く百済との関係が深いとみられる。上記の星宿図は、古代日本支配勢力の首長が明らかに星に関する信仰と儒教的陰陽五行説を信仰していたことを物語る。前方後円の奈良県の「箸墓(はしばか)古墳」は,韓半島と親善関係を結んだ卑弥呼の墓ではなかろうかと言われている。



○飛鳥(明日香)文化の大きな柱は仏教と漢学であり、当時の奈良住民の八~九



割が渡来人だったという。その渡来人の後裔だった良弁と行基は、四十五代聖武天



皇の所願である東大寺の建立と奈良大仏の鋳造にかかわった。この大仏は、宇宙それ自体が仏体だという華厳宗の精神を現体化したのである。このとき、仏身に塗る金がなくて困っていたが、陸奥守だった百済王氏の敬福(きょうふく)がこの噂を聞き、黄金九○○両を送ってくれたお陰で仏体の金色塗金が可能になったという。



○当時の都は飛鳥にあり、斑鳩といえば法隆寺、法隆寺といえば厩戸皇子(うまやとのみこ)つまり聖徳太子である。三十一代用命天皇が病の治療のため創建を試みたが願いを叶えず亡くなった後、その姉である三十三代推古天皇と摂政の聖徳太子が遺志を受け継ぎ、六○七年に完成された日本最古のお寺である。法隆寺は百済様式の寺院であり、金堂の壁画は高句麗の僧曇徴が描いたという。京都広隆寺にある日本国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像は、百済から渡ってきたとみる。



○聖徳太子は、騎馬民族的というかそういう意味で高句麗と結びつく。高句麗の僧慧慈から仏教を学んだし、高句麗と交通して文物を取り入れたとみる。高句麗は騎馬民族であるけれど、日本海を渡ってきているということからしてすでに海上を制覇してきているとみてよい。



○日本における原初的なものは新羅である。出雲・九州・吉備などを見ても原初



的なものは新羅で、その上に高句麗・百済がかぶさってくるという感じである。面



として見たときには新羅系の秦氏で、中央政権に食い込んでいたのは圧倒的に百済と高句麗である。新羅系の秦氏は、在地性を持った氏族として圧倒的に広い分布を示している。京都の太秦(うずまさ)の地は彼らの首都だったし、奈良時代には財政官僚が多かったようにみえる。



○大和朝廷の玄関口は難波(なにわ)であり、ここから河内~淀川~大和川~斑鳩~奈良に



定着して商業を営んだが、彼らは掛け算・割り算など計算が速かったという。秦氏が彼らで難波・河内文化の基礎を構築した。学問の始祖と呼ばれる王仁博士、新羅の王子と呼ばれる天日槍とその妻阿加流比売(あかるひめ)、聖王の仏教伝播もこの港を経たとみる。



○現存する日本最古の碑石である山ノ上碑(六八一)・多胡碑(七一一)・金井沢碑(七二六)などは、新羅の技術で造られたとみられる。群馬県高崎市にある三つの石碑は、古地名の上野(こうずけ)をつけて「上野三碑」と呼ばれているが、碑石の形態と碑文の内容からして古代韓半島の碑石文化から影響を受けたと言われている。現在日本では、この石碑三点をユネスコ世界記録遺産に登録させようとの動きが活発である。



○加耶と関りのある地名としては、福岡県の可也山・韓良(から)郷・多田羅(たたら)村、山口県の(あな)多多良(たたら)山、岡山県の賀陽(かや)郡、奈良県飛鳥の賀夜奈流美(かやなるみ)神社、千葉県太太(たた)()などが確認されている。これらの地名は、加耶人たちが九州北部に渡り大和地域までに移動する過程の中で、各地に定着しながら遺した足跡である。ここのカラ・カヤ・アヤ・アナは加耶や安良(あんら)から由来されたものであるし、日本語の「多多良」は製鉄に使われる「ふいご」を指すのだが、加耶の国名中一つの「多羅国」に通ずる。よってこれらの地名は、製鉄技術を保有した加耶人たちが日本各地に定着したのに由来する地名と思われる。



                           



後書き



先年、日・韓親善交流会が韓国全州(チョンジュ)市で催された際、「百済と日本古代文化」について話してくれるよう頼まれた。全州は百済王国の要衝地で都扶余にも近く、その一帯を巡る観光も会の日程に組まれていて、なるほど時宜適切な企画であると肯かれた門外漢の筆者に白羽の矢が立ったわけは、日本語での意思疎通ができるからだという。程も知らず言うがままにに引き受け、韓・日両国語の書物から関りのある事柄を抜き出し、資料としてメモしたのを文章化したのが本稿である。



当日は時間の都合上、三韓から天孫の天降りまでを語るに終わり、折角集めた資料をボツにするのも口惜しく、読者諸賢のご参考にと本誌に掲載させていただいた。書き終えて省みれば、村翁の四方山話のように史的体系が整っていず、落穂拾いの断片的史実の解説に偏り過ぎた感を否めず、あまつさえ論調に牽強付会の嫌い無きにしもあらず。



それはさておき、青丹で彩られた華麗な宮殿が建ち並び、茜色の夕陽に大伽藍の(いらか)の映える都大路に群れ集う、溌剌(はつらつ)たる若き渡来人の群像を描いてみよう。彼らは新天地にどんな夢を託していたのだろう。



歴史はドラマでありロマンであるという。                     



二○一七年 仲秋



 



 



『注1』漢四郡



BC108年、中国前漢の武帝が衛満朝鮮を滅亡させ、その故地に設置した四つ(楽浪郡・臨屯郡・真番郡・玄菟郡)の行政区域である。古朝鮮遺民たちの強い抵抗と高句麗の攻撃で消え去った。なお、衛満が執権してから滅亡するまでの古朝鮮を衛満朝鮮という。



『注2』(ホァ)(ベク)화백)制度



     新羅で、身分の高い官吏たちが集まり国家の重要事を決定した最高会議機構である。貴族の中で身分の一番高い上大等が会議を導いたし、満場一致で国事を決定した。大等は大部分真骨(最高貴族)出身の高い身分で、貴族を代表する人達であった。貴族勢力と王権の間の権力を調節するこの制度は、直接民主主義の一つの形であるとみる。



『注3』(ホァ)(ラン)화랑)制度



新羅時代、花郎を頭とした青少年修練団体である。花郎とは「花のごとき美男子」という意であり、この徒郎を花判徒・仙郎徒・国仙徒・風月主徒などとも称する。とりわけ団体精神の強固な青少年集団で、教育的・軍事的・社交団体的機能を持っていた。韓国の史書『三国遺事』に、「若者を募集し、彼らに孝悌忠信を教えて国を治めるのに大要となす」とあるように、何よりも多くの人材を輩出し、新羅の三国統一のみならず、骨品制社会での諸階層間の緊張と葛藤を調節、緩和するのにも貢献した。



『注4』吏読(イドゥ)이두



     漢字の音と訓を借りてわが国の言葉を表記してた借字表記法の一つである。文章の配列はわが国の言葉の語順とするが、助詞・語尾・副詞、その他特殊な用語を漢字の音と訓を利用して表してた方法である。新羅時代から開化期まで実用文を書くとき広く利用された。



 



 



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