KJClub 입니다.
홈페이지이용안내    질문과답변    홈페이지가입회원명단    이메일   
현재접속자:

| 한국과 일본의 문화 |

제목: 種無し西瓜
분류: 한국문화
이름: 申鉉夏


등록일: 2020-08-23 10:40
조회수: 161 / 추천수: 34




種 無 し す い か(西瓜)



 



申 鉉 夏



元 大学教授



緑風会 会員



 



テレビの気象予報にたがわず猛暑日が続いている。筆者は冷やしたすいかの種を取り除きながら、種無しすいか発明の特報に全国が沸き立った時を思い返している。当時、韓国(625)戦争の戦後処理に追われていたわれわれには、戦傷をいやすのにまたとない朗報であった。



1955年の夏、「禹長春(ウジャンチュン)18981959博士が種無しすいかを発明した」との新聞報道があった。だが、これは全羅(チョルラ)南道無等山(ムドンサン)すいかを材料とした一種の見せ物の提供で、新品種を開発する育種研究の重要性を世に知らせるつもりであった。このことが報道される過程で、彼が最初の開発者として間違って知らされたのだが、彼の積極的な否定にもかかわらず教科書にまで載り既定事実化した。教科書の内容が訂正されたのは1988年のことである。後で聞いた話だが、このすいかは一般のすいかに比べて値段が高く、それが要因で大衆化に失敗したのであった。



種無しすいかを最初に発明したのは、日本でゲノム研究の先駆者でもある京都大学の木原均(18931986)博士で、1943年に開発し1947年に発表した。では、これに関し禹長春博士は何もしていなかったのかというとそうではなく、木原均博士に種無しすいかの理論的土台を提供したのが彼である。



禹長春博士は、1935年、日本の国立農事試験場で、油菜(十字花科の二年生草)を通じ試験的に証明した「種の合成理論」を発表した。ここで彼は、油菜が自然的に発生した種間交接の結果だというのを明かしたが、それが木原均博士の種無しすいか発明の土台である。すなわち、「種間交接で新たな種が生まれ、それらの持っている細胞内染色体の数が倍加することにより可能になる」という新学説である。いわゆる「禹長春のトライアングル(Triangle of U)」である。これを通じ彼が作り出したのは、在来の白菜とキャベツを交配した新種の植物であった。後にこの学説は世界的にも高い価値のある理論として評価される。



1895年(高宗<朝鮮26代王、大韓帝国第1代皇帝>32108日、高宗の妃である明成(ミョンソン)皇后((ミン))が宮廷内で弑害される。その時、京城(今のソウル)に駐屯していた日本軍守備隊とともに宮中に侵入し、明成皇后を弑害する「乙未事変」に加担した朝鮮軍訓練隊員がい。同訓練隊の第2大隊長であった禹範善(ウボムソン)とその麾下李斗璜(イトファン)らである。



上記の朝鮮軍訓練隊は、1895年、日本が主導して創設された親日性向の軍隊で、この訓練隊に脅威を感じた親露派の明成皇后は、その年の10月7日、その訓練隊の解散と武装解除を命じた。ちょうどその翌日の8日、彼らは宮中に乱入し明成皇后の弑害に加担しただけでなく、皇后の屍に石油をかけて燃やす最後の処理過程にも手を加えた。彼らは、朝鮮を開化するためには日本の援けが必要だし、それは明成皇后を除去せねば不可能だと誤判したのである。



主犯格の範善は、1896年、政情不安で高宗皇帝が俄館播遷(皇帝がロシア館に身を逃れること)した後日本に亡した。そして日本政府の保護を受けながら東京近郊に居住し、日本人女性酒井仲と結婚して2児をもうけた。その後広島県呉市付近に居所を移したが、190311月、明成皇后の寵愛を受けた高永根(コヨンゴン)らに暗殺される。遺児のうち長男がここに述べる禹長春博士で、彼の5歳の時の出来事である。



日本ではあまり知られていない禹長春博士が、韓国近代農業の父であるという事実に注目したのは、『妃(明成皇后)暗殺―朝鮮王朝末期の国母―』(1988)の著者角田房子女史である。彼女は、明成皇后弑害事件取材中、事件に加担した朝鮮軍訓練隊第2大隊長範善が彼の父だとの情報を入手した。後に彼女は彼の伝記を記すことになる。



日本の広島県安芸郡で生まれた禹長春博士は、小学校と中学校を当地で終え、1916年、東京帝国大学実科(専門大学)に入る。そして1919年、卒業と同時に日本農林省農業試験場に就職し、1937年に退職するまでの18年間育種研究に没頭した。1936年、東京帝国大学から博士号を取得したが、朝鮮人(韓国人)で正規の大学を出ていないとの理由で昇進がかなえられなかったけれど、退任直前に技師として昇進した。



禹長春博士の研究業績は、1926年、「種子をもって鑑別することのできる朝顔品種の特性に対し」を始めみなで19編の論文があるが、初期には朝顔やぺチュニア(petunia)に対する研究を継続していて、ついには重弁花の咲くぺチュニア系統を育成し得た。ついで油菜の遺伝と育種研究に入り、1931年、「油菜品種の特性調査」を始めとして種々の論文を発表していた。そして、1935年、十字花科属の植物に関するゲノム分析を試みた博士論文を発表し、研究の絶頂を成した。



この論文の重要性は、現存種を材料として更に異なる種を実験的に合成し出したというところにある。これを「種の合成」といい、世界的にこの方面研究の新たな道を切り拓いたのである。すなわち、染色体数10個の日本在来種油菜と染色体9個のキャベツを交配して染色体19個の固有油菜を作り、われわれの周囲にこのような種間雑種があるのを明かしたのである。



また、この研究で合理的に明かした点は、ダーウィンの進化論に出る『種は自然淘汰の結果で成立する』との説に修正と補充を加えたことである。すなわち、「種は既存の種間交配で新たな種を生み、それらのもっている細胞内染色体の倍加によるものだ」とするのだ。さらに1945年に発表された「野菜の育種技術」は、彼の長い研究と経験を体系的に確立した結論であり、この論文で言及した予言が現在成功的に大部分実用化されている。



角田房子女史の禹長春伝記『祖国は私を認めた(조국은 나를 인정했다)』(1990)によれば、禹長春博士の青少年時代はイジメを受けるのがお決まりだった。奥様は実家の結婚反対で父母と義絶し、彼は知人の養子になり「須永長春」という日本名を得た後、日本人女性渡辺春子と結婚し2男4女をもうける。彼は子女達には「須永」の姓を使うのを許したが、本人は最後まで「」姓を固執した。彼の日本語の論文には「禹長春」に、英語の論文には「Nagaharu
U」署名している。



禹長春博士は、1950年 3月、韓国政府の招請で家族を日本に残したまま単身帰国した。その後亡くなる1959年までの満9年5ヶ月間、韓国農業科学研究所長・中央園芸技術院長・園芸試験場長を歴任した。そして戦争の惨禍を踏み台に立ち上がれるよう、科学者として最善を尽くし貢献した。その間疲弊していた祖国の土地に、希望の種を蒔いた業績は実に多大なものがある。その内容を記すれば下記の通りである。



○それまでほとんどを日本に依存していた野菜の種子を国内で完全に  自給するようにした。



○バイラス感染に弱い江原(カンウォン)道薯を改良して無菌種薯を生産し、韓国



戦争後の食糧難を解決するのに大いに寄与した。



○亡くなる前には「水稲二期作に関する研究」で世間の耳目を集め



た。



済州(チェジュ)道の環境に適するみかんの栽培を建議した。



1959年8月11日、禹長春博士が亡くなるや、韓国政府は「大韓民国文化褒章」を授与したし、全国民の哀悼の中社会葬でその業績に報いた。遺骸は彼ゆかりの農業試験場構内の麗妓(リョギ)山に安葬し、毎年の忌日には彼の養成したお弟子達と園芸人達が集まり、彼を追慕する行事を行っている。彼の墓碑には次のような碑文が刻まれている。



 



不遇と苦悩の中に真理を紡ぎ出し 種子合成の新たな学説を世に



叫ぶ時 眠っていた学問の流れが一度波打ったであろう あらゆ



る野菜の種子をわれわれの力で育て上げ 同胞のためになされた



その功はどれほどだったか 輝かしい文化褒章を笑顔で受章し逝



かれませ 土に生きた人生土に帰るので その心魂根になり芽を



吹き枝を伸ばし この国の科学の小山に百花が満開するであろう



 



ちなみに京都セラミックの創業者で日本航空の会長でもあった稲盛和夫氏は、禹長春博士の四番目の娘婿である。なお彼もこう語ったそうである。『すいかは種を吐きながら食べるのが持ち味である』と。



 



2019年  盛夏



 



 



 



 



-추천하기     -목록보기  
의견(코멘트)을 작성하실 수 없습니다. 이유: 권한이 없는 회원레벨
번호 Category C  글쓴이 제목 등록일 추천 조회
공지 -
 조경식
 全州、第十三回韓日交流会での挨拶 2013-06-08 183 1350
97 한국문화
 申鉉夏
 春を待つこころ(2) 2020-09-26 49 350
96 한국문화
 申鉉夏
 春を待つ心 (1) 2020-09-26 63 421
95 한국문화
 申鉉夏
 歴史に真正面から向き合おう -関東大震災と内鮮人の悲劇- 2020-09-22 71 358
94 한국문화
 申鉉夏
 帰化の将「沙也可」、金忠善になる (2) 2020-09-17 65 177
93 한국문화
 申鉉夏
 帰化の将「沙也可」、金忠善になる (1) 2020-09-17 50 170
92 한국문화
 申鉉夏
 安重根義士とその平和思想(2) 2020-09-13 51 156
91 한국문화
 申鉉夏
 安重根義士とその平和思想 (1) 2020-09-13 53 173
90 한국문화
 申鉉夏
 童謡劇『月の砂漠』(2) 2020-09-08 42 221
89 한국문화
 申鉉夏
 童謡劇『月の砂漠』(1) 2020-09-08 44 169
88 한국문화
 申鉉夏
 大学生の「新」朝鮮通信使 2020-09-04 28 167
87 한국문화
 申鉉夏
 日本における嫌悪表現はなぜ在日韓国(朝鮮)人を狙うのか 2020-08-31 33 126
86 한국문화
 申鉉夏
 韓国の멋(風雅)(3) 2020-08-28 44 229
85 한국문화
 申鉉夏
 韓国の멋(風雅)(2) 2020-08-28 38 159
84 한국문화
 申鉉夏
 韓国の멋(風雅)(1) 2020-08-28 35 139
83 한국문화
 申鉉夏
 韓(朝鮮)半島と日本誇大文化(2) 2020-08-24 43 142
82 한국문화
 申鉉夏
 韓(朝鮮)半島と日本古代文化(1) 2020-08-24 48 148
81 한국문화
 申鉉夏
 種無し西瓜 2020-08-23 34 161
80 한국문화
 申鉉夏
 三田渡碑に想う 2020-08-19 49 215
79 한국문화
 申鉉夏
 わが竹馬の友 (3) 2020-08-16 29 124
-목록보기  -다음페이지  
1   2   3   4   5  
       
Copyright 1999-2021 Zeroboard / skin by DQ'Style 

Copyright ⓒ 2007 KJCLUB. all rights reserved.