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| 한국과 일본의 문화 |

제목: わが竹馬の友 (3)
분류: 한국문화
이름: 申鉉夏


등록일: 2020-08-16 08:34
조회수: 112 / 추천수: 19




私より二つ年上で、がっちりした体つき の申名字のSは、男らしい性格の持ち主だった。眉が目立って太くて黒く、目尻が多少跳ね上がって見えるので、「サムライ」というあだ名で呼ばれていた。



国民学校卒業式の日のことである。答辞を読まされた私は、読んでいくうちに感極まり泣いてしまった。式場を出る時、列の後ろにいたSがわざわざ私に近付き、『男のくせにどうして女々しく泣くんか。みっともないじゃないか…』、と皮肉たっぷりに言われたのが忘れられない。確かに涙腺の弱い私だが、「女々しい」と言われた時は思わず、「何を」と言い返したくもあった。



一九四四(昭和十九)年の夏、戦況がますます日本に不利になり、朝鮮(韓)半島からの人力動員はその極に達していた。家事手伝いをしていたSは、普段から意気投合していたJとともに、日本海軍に志願して入隊したという。白い水兵服のSたちの姿は、村人たちの視線を集中させたらしい。



日本の敗戦で二人は無事帰還したが、解放後二人がそれぞれに歩んだ道は、わが民族の運命を象徴するかのようである。Jはすぐに「国防警備隊」に志願入隊したが、SはJとは全く逆の左翼運動に走った。幼稚ながらも二人は、国の進路について激論を交わしたが、それはいつも物別れに終った。「軍隊が強くなければ国は強くなれないんだ。おれたちは経験を積んでいるんだから、いっしょに国軍の養成に力を注ごうではないか。」「いや、それは後でやっても遅くない。われわれは貧しい農民の子で、長い間地主たちに搾取されながら生きて来た。われわれ農民が幸福に暮らせるためには、人間の平等を保障し、階級を打破してくれる社会主義国家を造るのが先決だ。」



Sの家の隣に、同じ名字のHという有識者の家があった。解放前、京城(ソウル)法政専門学校を出たHは、村では一番のエリ-トと看做されていた。日本の植民地統治下、有識者や民族独立運動家の中には、社会主義に傾倒した人物が多かった。解放後、思想対立で社会的混乱を招いたのは、このようなことがその原因の一つだった。徹底した社会主義信奉者だったHは、解放後左翼運動の先鋒に立った。



村の若者たちは、たちまち彼の左翼思想の(とりこ)になった。彼の思想に洗脳された若者たちは、暗々裏に地下組織を結成し、激しく反政府運動を展開した。村人たちは顔を合わせる度毎に、「Hのせいで村が亡びるかも知れない。勉強もあまり多くさせるべきじゃないんだなあ」、と村の前途を憂いひそひそ話を交わしていた。



SはHの腹心中の腹心で、不法地下組織の中心人物となった。彼らは闘争に必要な武器の入手を図った。ある日、棍棒で武装したSらは、わが面の警察支署(警察官駐在所)を襲った。Sらは小銃を持っている警官らに詰め寄り、「お前らはアメリカ帝国主義の手先だ。武器を手渡して降伏しろ…」、と無謀にも武装解除を迫った。窮地に追い詰められた警官たちは、自分と家族たちの命を守るため、止むなく襲撃隊に発砲した。先頭に立っていたHが警官たちの銃弾に倒れるや、棍棒だけで武装したSら襲撃隊は、なす術もなく退散せざるを得なかった。



各地から援護の警官隊が派遣され、襲撃に加担した者は言うまでもなく、その背後関係者も次々と逮捕された。首謀者格のSは、「鼠の穴にも陽のさす日があるだろう(待てば海路の日よりあり)」、と言い残して地下に潜り、なおも執拗(しつよう)にゲリラ活動を続けていた。



そうするうち六・二五韓国戦争が勃発し、わが面も人民軍(北朝鮮共産軍)に占領され、自ずと人民共和国(北朝鮮)の支配下に入った。ゲリラ活動をしていたSは、まさに英雄的戦士として迎えられ、わが面の人民委員会書記に任命された。



 村人たちの立場は全く逆になった。昨日までは「大韓民国」に忠誠を尽していたが、今日からはSらに絶対服従を強いられ、中には「人民裁判」にかけられる人もいた。 村人たちは彼の前に(ひざまず)かざるを得なかった。わずか二ヶ月足らずの在任中、彼の行為の中でもっとも許せないのは、幼友達の多くを強制的に人民軍に入隊させ、いまだに消息が絶えていることである。



仲秋を迎えた九月中旬、韓国軍の総反撃で人民軍は敗退した。村は自ずと「大韓民国」に戻ったし、村の勢力版図は直ちに逆転した。Sはすばやく地下に潜り、人民軍に協力した人たちは裁判にかけられた。Sの母親は地面を叩きながら嘆いた。「ああ、天も無情だ!わが子にもやっと日の目が射していたのに…。」村人たちはそれぞれ錯綜(さくそう)した心情で、遠巻きに見詰めるだけだった。



それから三年が経ったある日、静かだった小さなわが村は、津波にでも巻き込まれたように大きく揺れ動いた。自宅の床下の穴蔵(あなぐら)に潜んでいたSが、警察の家宅捜索で見つかったのである。そのことを知った村人たちは、複雑な気持ちを隠しきれなかった。「あれだけ民心を撹乱させ良民を苦しめたから、重い罰を受けなくちゃ…。」「この村にHさえいなかったなら…。罪のない親たちが気の毒だ。」裁判の結果、Sには死刑の判決が言いされ、家族らにもそれぞれ実刑の判決が下された。



ちなみにこの判決を言いしたのは、奇しくも私と師範学校同期で、教育界から畑違いの法曹界に進み、大法院(最高裁判所)判事にまで登り詰めた、当時新進気鋭のS判事だった。



 



わが竹馬の友らは、祖国の長い歴史の中で最も不運な時代に生まれ育った。かくも短い一生に、苦難に満ちた日本の植民地時代、祖国の解放と痛恨の国土分断、理念闘争による民族同士の対立、同族相食(あいは)む六・二五韓国戦争などを体験した。



彼らこそは、波乱に満ちた激動の韓国現代史を身を持って(つづ)った証人たちである。たとえ思想と信条は違っていても、彼らはそれぞれに己と民族と国家のため何をすべきか身もだえし、自らの信念に基づいて命を()した。



今は母なる大地に抱かれて眠っているけれど、慈しみ育んでくれた母親たちの胸に、限りない「恨」を募らせれて去った不孝者たちである。



ああ、懐かしきわが友らよ、安らかに眠り給え!



  二〇一六年  仲秋



 



 



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